2011年03月30日
与える人与えられる人
昨日はサッカーのチャリティー・マッチが行われましたね。
昼間には高校野球選手権で震災で大変であろう秋田県の光聖学院が頑張って戦っていました。
高校野球といえば、やはり今大会の開会式での選手宣誓ですね。
本当に感動しました。
阪神大震災の年に生まれた子達が、この東北地震の年に甲子園に集まる・・・何という因縁なんでしょう。
「生かされている命に感謝して全力でプレーする」その一言一言に心をこめて宣誓する、
何という勇気なんでしょう。
YOU TUBEで何度も見て何度も涙しました。
昨日のサッカーでもそうですが、皆が被災地の事を思ってプレーする。
見に行く人も、被災地のことを思って応援する。
それが復興につながるようにと願いをこめて。
元気を与えられる人ってすごい、スポーツの力ってすごいな・・・と改めて思いました。
震災の事を考えると思い出す子がいます。
以前、私が仕事をしているときに出会った学生さんです。
その子はいつも荷物のたくさん入ったリュックで登校していました。
キャリーケースも一緒に持ってきていました。
そして時々、デジカメでお友達や教室の写真を撮っていました。
その時は「荷物の多い子だな」くらいにしか思っていなかったのですが、
二人で話す機会があって世間話なんかをしていました。
すると、その子がぽつりぽつり言いました。
「僕はね、阪神の地震のとき、小学生だったんです。幸い両親も妹も助けられたんです。
でもね、あれ以来、この生活用品を手放せないんです。」・・・と。
だから毎日学校に大荷物で来ていたんだそうです。
よく聞くと、それまでどこにでもあるような普通の家族だった自分たちが、
あの朝以来、お父様も気持ちが不安定になって働く事も難しく、
お母様もそんなお父様を支えるのに必死だったそうです。
だから当然のように妹さんを面倒見るのが自分の仕事になった・・・そうです。
それでも彼の話すことは、彼なりに消化して言えるようになった事で、
「ここまで僕は回復してるからまだいいんです」と彼は笑っていいました。
私はそれを聞いて、「元気でいれるって幸せだね」と話しました。
そして、「生きている限り、元気を与えられる人になりたいね」と二人で話しました。
あの時、何気なく話した事を、今になって思い出すのですが、
えらそうな事を言っても、私はやっぱり心底分かっていないのかもしれないです。
多分、分からないのでしょう。
でも、一緒に感じて生きたい・・・と思うのです。
昨日のサッカーでも「与えることの出来る人」と、「与えられる人」がいると思うのですが、
あの時話した学生は、震災のとき「与えられた人」だっかたかもしれないけれど、
話を聞いていた私に彼は何かを「与えた」んです。
だから、偉そうに言うつもりは全くないけれど、いつかは私も何かを与えられると良いなと思っています。
あさひには、人に元気や感動を与えられる人になって欲しい・・・心からそう思うのです。

こんな小さかったあさひの写真を見て、
しみじみ思っています。
ちなみに、これ、2歳になったばかりのあさひです(笑)
そういえば、子供って、居るだけで私たちに笑顔を与えてくれているよね。
そっか、やっぱりすごいんだ、人間って・・・
昼間には高校野球選手権で震災で大変であろう秋田県の光聖学院が頑張って戦っていました。
高校野球といえば、やはり今大会の開会式での選手宣誓ですね。
本当に感動しました。
阪神大震災の年に生まれた子達が、この東北地震の年に甲子園に集まる・・・何という因縁なんでしょう。
「生かされている命に感謝して全力でプレーする」その一言一言に心をこめて宣誓する、
何という勇気なんでしょう。
YOU TUBEで何度も見て何度も涙しました。
昨日のサッカーでもそうですが、皆が被災地の事を思ってプレーする。
見に行く人も、被災地のことを思って応援する。
それが復興につながるようにと願いをこめて。
元気を与えられる人ってすごい、スポーツの力ってすごいな・・・と改めて思いました。
震災の事を考えると思い出す子がいます。
以前、私が仕事をしているときに出会った学生さんです。
その子はいつも荷物のたくさん入ったリュックで登校していました。
キャリーケースも一緒に持ってきていました。
そして時々、デジカメでお友達や教室の写真を撮っていました。
その時は「荷物の多い子だな」くらいにしか思っていなかったのですが、
二人で話す機会があって世間話なんかをしていました。
すると、その子がぽつりぽつり言いました。
「僕はね、阪神の地震のとき、小学生だったんです。幸い両親も妹も助けられたんです。
でもね、あれ以来、この生活用品を手放せないんです。」・・・と。
だから毎日学校に大荷物で来ていたんだそうです。
よく聞くと、それまでどこにでもあるような普通の家族だった自分たちが、
あの朝以来、お父様も気持ちが不安定になって働く事も難しく、
お母様もそんなお父様を支えるのに必死だったそうです。
だから当然のように妹さんを面倒見るのが自分の仕事になった・・・そうです。
それでも彼の話すことは、彼なりに消化して言えるようになった事で、
「ここまで僕は回復してるからまだいいんです」と彼は笑っていいました。
私はそれを聞いて、「元気でいれるって幸せだね」と話しました。
そして、「生きている限り、元気を与えられる人になりたいね」と二人で話しました。
あの時、何気なく話した事を、今になって思い出すのですが、
えらそうな事を言っても、私はやっぱり心底分かっていないのかもしれないです。
多分、分からないのでしょう。
でも、一緒に感じて生きたい・・・と思うのです。
昨日のサッカーでも「与えることの出来る人」と、「与えられる人」がいると思うのですが、
あの時話した学生は、震災のとき「与えられた人」だっかたかもしれないけれど、
話を聞いていた私に彼は何かを「与えた」んです。
だから、偉そうに言うつもりは全くないけれど、いつかは私も何かを与えられると良いなと思っています。
あさひには、人に元気や感動を与えられる人になって欲しい・・・心からそう思うのです。

こんな小さかったあさひの写真を見て、
しみじみ思っています。
ちなみに、これ、2歳になったばかりのあさひです(笑)
そういえば、子供って、居るだけで私たちに笑顔を与えてくれているよね。
そっか、やっぱりすごいんだ、人間って・・・